懸想文

国語講師 吉田裕子のエッセイ、歌舞伎観劇メモ、古典作品や長唄・端唄の現代語訳など

本朝廿四孝あらすじ(十種香・奥庭=狐火を中心に) 歌舞伎の三姫 二十四孝の趣向 名台詞

あらすじ

武田信玄上杉謙信は厳しく対立していたが、両家ともに、将軍・足利義晴暗殺の嫌疑をかけられる。そこで、三年間休戦して「真犯人を探し出せなかったら、子供の首を差し出す」とまで宣言する。しかし、真犯人は見付からず、武田勝頼・長尾景勝に切腹の命が下る。勝頼は恋人・濡衣の目の前で切腹したが、実はこの勝頼は幼少時からすりかえられた偽物で、本物の勝頼は蓑作という名で生き延びていた。


長尾家の息女・八重垣姫は、両家和睦のため、勝頼との結婚が決まっていた。その勝頼が死んだと聞き、ひたむきに回向をしていた。

 

そこに現れたのが、濡衣とともに、宿敵長尾家にもぐり込んでいた蓑作である。八重垣姫は蓑作を一目見て、絵姿の勝頼に似ている彼にすがりつく。別人だと冷たくあしらわれるが、八重垣姫はあきらめず、濡衣に仲介を頼む。濡衣は「諏訪法性の兜(武田の家宝で、今は長尾家にある)を盗んで誓紙にせよ」と無茶を言うが、その言葉でますます、蓑作が勝頼であることを確信した八重垣姫に対し、いよいよ濡衣も、蓑作が勝頼であると打ち明け、勝頼と八重垣姫は抱き締めあう。

 

実はその一連の会話を謙信が聞いており、謙信は勝頼暗殺を企て、蓑作(=勝頼)を塩尻使者として行かせる。それを悟った八重垣姫は勝頼にそのことを知らせようとするが、諏訪湖には氷が張って船が出せない。そこで諏訪法性の兜を身に着けると、諏訪明神の狐の加護で、八重垣姫は狐憑きの身となって湖を渡り、勝頼に急を知らせるのであった。

 

印象的な名ぜりふ

【語り】回向しょうとてお姿を画には書かしはせぬものを、魂返す反魂香、名画の力もあるならば、可愛いとたった一言の、お声が聞きたい聞きたいと、画像(えぞう)の傍(そば)に身を打ち伏し、流涕こがれ見え給う。

 

【八重垣姫】[蓑作を見かけ]ヤア、我が夫(つま)の勝頼さま。

 

【八重垣姫】[濡衣に仲立ちを頼み]サア、見初めたが恋路の始まり、後ともいわず今ここで。

 

【語り】許嫁ばかりにて枕かわさぬ妹背仲、お包みあるは無理ならねど、同じ羽色の鳥翅(とりつばさ)、人目に夫(それ)とわからねど、親と呼びまたつま鳥と呼ぶは生ある習いぞや。いかにお顔が似ればとて、恋しと思う勝頼さま、抑(そも)見紛うてあらりょうか、世にも人にも忍ぶなる、御身の上といいながら、連れ添うわたしに何の遠慮、ついこうこうとお身の上、明かして得心させてたべ、それも叶わぬ事ならば、いっそ殺して殺してと、縋りついたる恨み泣き、勝頼わざと声あららげ、

 

【八重垣姫】[勝頼暗殺計画を知り]翅(つばさ)が欲しい羽根が欲しい。飛んで行きたい。しらせたい。

参考リンク

enmokudb.kabuki.ne.jp

blog.goo.ne.jp

 

劇評家の作品評

深窓に育った高貴の女に大胆極まる言葉を吐かせるところに、一種のおもしろさがある。(戸板康二、名作歌舞伎全集)

 

八重垣姫の恋と、その恋の一念からおこる奇蹟の物語である。秋十一月、信濃路の大名館の奥深く、一人の少女の恋が燃え上がる。その恋を歌舞伎では、実に美しい型と芸によって立体化している。舞台に香が漂う八重垣姫の居室があらわれるが、そのむせかえるような香の匂いの感じが、歌舞伎の恋の感性である。(渡辺保、歌舞伎手帖)

 

 

なお、このあらすじ・名ぜりふは次の本をもとに制作しています。(せりふの繰り返し記号部分は書き改めています。)

 

名作歌舞伎全集 第5巻 丸本時代物集 4

名作歌舞伎全集 第5巻 丸本時代物集 4