懸想文

国語講師 吉田裕子のエッセイ、歌舞伎観劇メモ、古典作品や長唄・端唄の現代語訳など

『住吉物語』現代語訳〜お茶の水女子大 国語入試問題解答例 2012年古文

【リード文】次の文章は『住吉物語』の一節で、主人公の姫君が、やむを得ぬ事情によりひそかに父中納言の家を脱け出して住吉の浦(住の江)へ下ったところである。

  

【本文冒頭】住吉には、やうやう冬ごもれるままに、いとさびしさまさりて…… 

 

【素材文(『住吉物語』の一部)の現代語訳】


 住吉では、だんだん冬ごもりの寒さになってくるにつれ、とてもさびしさが募って、荒々しい風が吹くと、自分の身の上に波がふりかかってくる気持ちがし、沖から漕ぎ来る船が、卑しい声で、「にくさびかけたる(舟歌の一部)」などと歌っているのも、卑しい歌声ながらやはり、趣深く感じられるのであった。浦の方では、霜枯れの芦が氷に閉ざされている中に、水鳥が、羽の上についた霜も払えずに鳴いている音を聞くにつけても、姫君はこの上なく物思いに沈むのだった。

 姫君は、「中納言をはじめ、身のまわりにいた人々はどれほど嘆きなさっているだろうか。親を悩ませ申し上げるなんて、罪深いことであるよ。せめて自分が生きているということだけはお知らせ申し上げよう」と考えて、尼君のもとにいる小童で平安京の事情がよく分かっている者に頼んで、
「何々というところに持って参って、『どこからの手紙です』とも説明しないで、この手紙を差し上げて、渡したら姿をくらましなさい」
と十分に説明して上京させたところ、指示通りに中納言邸に参上して、中門の端のところに立ち寄って、
「お手紙をお渡ししよう」
と言うと、
「どこからの手紙であるか」
と言いながら下っ端の者が受け取り、邸へ入った。「名前を聞きなさい」との命令なので、また出てきて辺りを見ると、使いはいない。「どういうことだろうか」と思いながら、召使が手紙を見ると、それは娘の姫君の筆跡で、

それにしても、世の中がつらく耐え難いがために、私が行方をくらましてしまったことを、お嘆きなさっている方もいらっしゃるだろう、と、旅先でそちらのことをつくづく思い申し上げております私の気持ちを、どうか、推し量ってくださいませ。心を慰める方法としては、都から吹いてくる風だけを慕わしく思って日夜過ごしています。死んでも惜しくはない我が命は生き永らえて、悩み抜いておりますことが悲しゅうございます。そちらには誰々もいらっしゃいますでしょうか。ああ、昔を今にできたら……。それにしても、それにしても、お父様はどれほどお嘆きでいらっしゃるでしょうか。親を嘆かせるなんて特に罪の深いことでしょう。頼りない我が命は、今日まで生き永らえているということだけ、お知らせ申し上げまして。

と書いてあります。


 この手紙をお読みになったような人の心痛は、心ある人なら分かるに違いない。召使いが中納言にお見せ申し上げると、声も隠さず、泣き悲しみなさることはこの上ない。「この使いを見失った無念さよ」と、手紙を顔に押し当てて俯いていらっしゃる。

 

【解答】

(一)住吉の浦から聞こえる船歌は、卑俗な歌声ではあるものの、荒涼とした住吉で孤独に暮らす姫君には趣深く感じられて、寂しさが少し慰められる心情。
(二)心を慰める方法としては、都の方角から吹いてくる風だけを慕わしく思って、日夜過ごしております。
(三)姫君からの手紙を持参した使いを見失ってしまっているようなことが無念であるよ。
(四)aク  bエ  cオ  dキ  eウ
(五)A 完了の助動詞「ぬ」命令形
   B 過去の助動詞「き」未然形